「……こんなんでいいのかなぁ…………」 わたしは戸惑ってた。 「カッパードが『こないだのオニギリのお礼がしたいんだ』って言ってたっつーの」 きっかけはアイワーンのこの一言だった。 「カッパードが?」 「そうニャン」 ずいぶんと律儀なんだなー、カッパードって。 「なんかデートにでも誘いたい感じだったんだっつーの」 「わたしを? デートに!?」 「まんざらでもないんでしょ? カッパードのこと」 ……なんだかドキドキが強くなってきた。 「……そりゃぁ……カッパードのことは気にならない、なんてことは無いんだけどさ……」 「なんなら話は早いっつーの。この話、乗るっつーの?」 「…………うん……」 断る、という選択肢はなかった。 「それでさ、ひかる?」 「なぁに? ユニ」 「どうせなら、思いっきりおめかししてみない? いい服、用意してるニャン」 「え? ホント? キラやば〜!」 ……って調子よく返事しちゃったんだけど、ユニが用意したその衣装が………… 「……なんだかお嫁さんみたい…………」 ユニが用意してくれたのは、肩を完全に出した薄いピンクのドレス。いつかは着てみたいなーって思ってはいたんだけど、まさかこんなに早く着られるとは…… 「うんうん、いい感じニャン。カッパードもイチコロニャン」 「カッパードは宇宙船のとこで待たせてあるから、とっとと行ってこいっつーの」 「うん。 …………それじゃ、行ってくるね」 アイワーンの言ってたとおり、カッパードは自分の宇宙船の前で待っていた。ただその服装が……白タキシード。間違いなくユニが用意したんだろう。 「……いったいオレにどうしろと…………」 カッパードは頭を抱えながら悶えてる。まだわたしに気付いてないみたい。わたしはゆっくりと近づいて声をかけた。 「……カッパード?」 「おぅ、お前か。付き合わせてすまん…………なっ!?」 振り返ったカッパードは、わたしの姿にすごく驚いてた。 「……この服ね、ユニが用意してくれたんだ」 ……うぅ〜……なんか緊張する………… 「やっぱりお前もそうだったのか…………似合ってるぞ」 「えっ!?」 ……今、なんて!? 「……似合ってると言ったんだ」 「……ありがと、カッパード」 …………『似合ってるぞ』だって。嬉しいな…… 「……ねぇカッパード?」 「うん?」 「……わたしたちのこの格好……なんだか新婚旅行みたいだね」 「やっぱり……そう思うか?」 「うん」 やっぱりカッパードもそう思ってたんだ……そうだよね。わたしがそう思ってるんだもん。 「なら……」 「……なら?」 「……このまま何処かに出掛けないか?」 「……えっ?」 (なんかデートにでも誘いたい感じだったんだっつーの) ……不意にアイワーンのあの一言がリフレインしてきた。 ……デート……カッパードとデート………… 「せっかくのこの格好なんだ。こうなったらあいつらの思惑にどこまでも乗ってやろうではないか!」 「……そうだね。 せっかくの機会だもん。ふたりでデートしよっ。宇宙デート! キラやば〜!」 ……ちょっと強引なんだけど、それがカッパードらしいんだよね。 「でもあまり時間は掛けられんぞ? 宇宙空間での移動は思いのほか時間食うからな」 「そっかぁ…………じゃぁ……わたし、この地球を外から眺めたいの」 「そんなんでいいのか?」 「うん。しばらくは見られなくなりそうだからね。地球の姿をもう一度この目に焼き付けておきたいの」 「そうか……地球人の科学力じゃ、宇宙旅行はまだまだ簡単じゃないもんな」 ……そう。この地球で有人宇宙飛行に成功したのは、わずか3か国。わたしが住んでいるこの国は……まだ挑んでもいない。 「そう考えると、わたしたちって地球人離れした体験したんだなー、って」 「そうだな。オレが『器』……フワを追いかけてここまで来たのも何かの縁だったんだな……今更だが」 カッパードは船を発進させようとレバーに手を掛ける。でもなんだかぎこちない気がする。 ……わたしが隣にいるせいかな? 「……さぁ……行くぞ」 「うん」 カッパードの船は音もなく浮上して……程なく。眼下には闇の中に青く輝く星の全景が。 「……綺麗な……星だな」 わたしたちが棲んでいる故郷の惑星、地球。 「…………うん」 ……カッパードの故郷はかつてこんな姿をしてたんじゃないかと想像させる水の星、地球。 「大切に……しないとな……」 「うん……」 わたしは、目の前の青い星をただただ見つめた。 「……綺麗だ…………」 突然のことだった。 「……カッパード? わたしを見つめてどうしたの?」 「……え!?」 カッパードは自分で何を言ったのか気付いていないみたい。まさか無意識で言ってたの? 「…………『綺麗だ』って……」 確認するためだったんだけど、自分で言ってて顔が赤くなってくるよぉ…… 「……うん、まぁ……その……あれだ。とにかくそういうことだ」 「……ありがと。カッパード」 そのあとは、ふたりとも無言で青い地球を眺めてた。この惑星で出逢ったわたしたちの軌跡に想いを馳せながら…… …………2時間ほどこうしていたのかなぁ? 本当はもうちょっと眺めていたかったんだけど、あまり長居はできないんだよね。だからわたしから…… 「……そろそろ、帰ろっか」 「……そうだな」 地球に戻る最中も、カッパードはわたしのことを気にしてたみたい。たしかに『寂しいな』って気持ちはあったからね。 「………………」 「………………」 ……わたしたちは無言のまま地球へと戻ってきた。 「……どうだったか?」 「……感慨深かった」 「そうか……」 カッパードはわたしのこの言葉に安心したみたい。 「ねぇカッパード?」 「どうした?」 「わたしね、夢ができたの」 「どんなのだ?」 「わたし、『地球人の力』で宇宙に出て……カッパードに……みんなに会いに行きたい」 「お前……それがどんな意味なのか解ってるのか? 地球人の文明じゃまだ……」 「それは解ってる。夜空の星を掴むようなことだってことは」 そう。40年以上前に打ち上げた無人探査機がやっと太陽系を脱出。宇宙へと上がった地球人は数百人で、月面にまで到達したのはわずか12人。それが現在の地球人のレベル。 「だったらなんで……」 「……わたしたち、『イマジネーション』でいろんなことやってきたでしょ?」 「そりゃそうだが……」 「だから、その『イマジネーション』で全部乗り越えてみせるの。時間も、空間も、宇宙の法則も全部!」 そうとでも思わないと、この物理法則の壁に押しつぶされてしまいそうで。 「だからってなぁお前は……」 「……ひ・か・る!」 「……えっ!?」 「前々から思ってたんだけど……『お前』じゃなくて『ひかる』! ちゃんと名前で呼んで、カッパード!」 ……つい反射的に言ってしまった。でも、これは譲れない。やっぱり、『大切な人』からはちゃんと名前で呼ばれたい。案の定、カッパードは戸惑っている。 「いいから早く呼んで!」 さぁどうするのカッパード! 戸惑っていないで! 「……ひ…かる?」 …………! やっと……やっと言ってくれた! ちょっとぎこちないけど……たしかに言ってくれた! 嬉しいよ……ちょっとでも気を抜くと泣いちゃいそうだよ…… 「……よくできました」 わたしは涙声になりそうなのを必死にこらえながら、優しく微笑んで…… 「今日は……ありがとね」 そのままカッパードの顔に迫り…………唇を重ねたの。わたしの……『はじめて』を。 「なっ…………」 ……カッパードの唇はひんやりと、そして、しっとりとした感触だった。顔を上げると、カッパードは茹でダコのように真っ赤になっていた……たぶんわたしもそうなんだろうな…… 「………………」 「………………」 夕日に照らされ見つめ合うわたしとカッパード。 「……あ…………」 カッパードが何か言おうとしたんだけど………… 「……ケヒャヒャヒャ……こいつらみんなで見ていたとは知らないでチューまでしやがったっつーの!」 あー…………やっぱり見てたんだ…… 「なかなか隅に置けないニャン」 「オヨォォォォォ…………」 「ふたりともやるぅ〜」 「大胆ですね」 「若いっていいわねぇ〜」 結局ユニたちに一杯食わされちゃった…… 「…………お前らぁーーっっ!!」 カッパードがユニたちを追い回し始めた。 ……きっと照れ隠しの意味もあるんだろうな。 「ケヒャヒャヒャヒャ!」 「キャー! カッパードが怒ったニャン」 「待てぇーーーっ!」 …………でも……ありがとう。ユニ、アイワーン。 そして…………カッパード。わたしの…………好きなひと。 〜 fin.〜 |